嗜好品について

バイオリズムなんて言葉があるが、人生、波がないと面白くもなんともない。自分は直進しているつもりでも、とりまく環境は上に行ったり下がったり。大きなうねりにもてあそばれてこそ、生きている実感も湧いてくるものだ。ただ人間はイラチで不安持ちである。そのうえ寿命というものがある。波の波長が大きすぎるのは困る。今回の景気の低迷はちょっと波長が長過ぎる。そろそろ上向きの波に戻ってくれないといけない。タバコや酒などの嗜好品同様、「いきいきと」生活をすることを身体が忘れてしまうからだ。わたしは最近その点に関して、やや喪失を実感しだした。この喪失感が「老人力」がついてきたせい、であるのなら少しは安心なのだけれど。


酒、タバコ、コーヒー、ウーロン茶。

 わたしにとっての嗜好品と言えば、まず煙草、そして酒である。ほかになにがあるだろうと考えてみても、思い当たらない。珈琲も呑むには呑むが、一日欠かしても…とまでには至らない。珈琲よりは、茶であろうか。茶と言ってもコンビニで買うペットボトル入りの烏龍茶だ。これは仕事中の喉の乾きをいやすための物なので、嗜好品と言えるのかどうか。どちらかといえば必需品と呼んだほうがピッタリくる。
 そう考えてみると、嗜好品と呼べるものの候補には、他に何があるのだろうか。香水などもこの範疇に入るのかも知れないが、わたしには全く縁遠いジャンルだし、甘党の方なんかは、大福、などとおっしゃるのかも知れないが、好物、ならまだしも嗜好品と呼ぶのはどこか違和感がある。
 煙草と酒はどちらも行き過ぎると中毒になる。ニコ中、アル中だ。そういう危険を孕んでいるものをあえて好むことが「嗜好」なのだろうか? 手許の国語辞典を引いてみると、【嗜好―品:主食・副食物の他に、好きで食べたり飲んだりするもの。例、酒・タバコ・コーヒー。】とあった。ご飯、パン、おかず以外の好きな食べ物ということなら、大福は嗜好品と呼べそうだ。食べ物以外の香水や万年筆なども嗜好品と言って良いような気もするのだが、小さな辞書なので言葉が足りないのかもしれない。でも、この内容だと、嗜好品とはほとんど酒・タバコのことを指すことばだと言って良いようだ。


 永きにわたる景気の落ち込みで、我が家の家計も真綿で首を絞められるように厳しくなってきた。収入が上昇する可能性も少ないと思われるので、ここは節約と、身の回りの出費を考えてみる。本の購入はほとんど止めてしまっているし、衣料品はもともとダメになるまで買わない。食事も大量に食べる必要を感じないトシだ。結局、消費しているものは煙草と酒場だけなのである。その酒場もここ半年は、ほとんど足を運んでいない。自宅でウイスキイをちびちびやりながら、こうしてサイトに雑文を書くくらいになってしまっている。そうするともはや煙草しか節約できるものがなくなっている。
 わたしはひと箱270円の1mgの軽い煙草を一日ふた箱吸ってきた。これをまず 250円の商品に切り替えることから始めだした。たった一日40円の節約だが、これでも非常に大きなストレスを生じる。まさに嗜好品の所以だと言えよう。 1mgでない、いわゆる旨い煙草ならもっと安い銘柄はある。そちらに移行するのは簡単だが、それでは健康に対する配慮が後退してしまうので、1mgの商品で250円以下の物を順番に試してみた。もっとも、健康に配慮するならば止めれば良いじゃないかと思われそうだが、それはあり得ない。わたしにとってこの嗜好品は思考のエネルギーそのものであるからだ。健康は損なうかも知れないが、それを止めれば、生きている意味の重要な部分を欠いてしまうと思われるからである。モノを創りだすことを生業にしている身では。

 さて、1mgのタバコを多種試していると、どの商品も最初の一服は酷く不味く感じるのだが、そのうちにそれが普通に思えるようになってくる。不味い煙草をひと箱喫い、その次も不味いのに当たるということをくり返した。そうして今まで喫っていた銘柄はさぞかし旨いことだろう、と戻ってみると、これがたいして旨くない。そこはやはり1mgの商品なのだろうが、常用する嗜好品なんて、自分で「神話」を創ってしまっているに過ぎないことに気付く。そうやってどんどん我慢をくり返して割り切ってゆけば、自然に煙草を止めてしまうのかも知れない。とにかく、なんとか250円の銘柄でやってゆけるメドが立ったというわけだ。この試みは価格の問題だけでなく、自分の嗜好なんてものがいかにいい加減なものかを知る良い機会となった。


 酒でもそうだが、経済的な理由などで品質を落としてゆくと、これなら飲まない方がマシだ、というラインに当たる。その時意地を張っていられなくなるほど金が無くなると、さらにランクは下げられるものである。ただ、舌の感性は確実に衰退してゆく。これが哀しい。反面、高級なものを飲みつけていても、その本当の旨さを感じる部分が麻痺してくる。むかし憧れた銘酒が、さほど大したものでないように感じるようになってしまう。これも哀しい。そういう環境にいちばん敏感に影響を受けるものが嗜好品であると思う。現在、不意にいただく「銘酒」などが頗る美味しく、ありがたく味わえる。高級なものに加えられている「仕事」に敬意をはらうことができる。そのかわり、不味かったはずのものがそうでもなく感じられたりする。敏感と鈍感は同居しているのだ。