鶏眼・胼胝(けいがん・べんち)

うおのめ・たこ、 足の裏の胼胝・鶏眼。足や手に外部から圧迫され角化して硬くなったものを鶏眼・胼胝といいます。 盛り上がっているものを「胼胝」、俗に「たこ/タコ」といいます。


うめちゃん

 20数年デスクワークを続けている私ですが、数カ月ほど前、そのせいだと考えられるカラダの特徴に気付きました。
 たぶん姿勢が悪いせいだと思うのですが、両腕のヒジに大きなタコができているのです。これを触ってみると、なんともいえない感触があるのです。
 ヒジを曲げると皮膚に引っ張られて消滅してしまうのですが、腕を一直線に伸ばすと、大きな柔らかな膨らみが出現します。
 ここ10数年以上はコンピュータでデザインをするようになったので、常にヒジがデスクと擦れ合っているのは左腕。右腕はマウスを使うせいか、左腕ほど成長してはいませんが、それでもちゃんとあります。
 特に、左ヒジのタコは立派なものです。
 自分でいうのも何なんですが、摘んでみると非常に気持ちが良い。足のタコのようにカチカチに堅くなく、アテロームなどに見られる脂肪のように柔らかくありません。表現は不粋ですが、「揉んで触って良い気持ち」の柔らかさなのです。
 これだけならどうってことはないのですが、その上に被さっている皮膚。これが重要なのです。20年に渡ってデスクの天板との摩擦を繰り返してきた皮膚は、適度の堅さを帯び、そのうえ老化や乾燥なども加わったせいか、半角質化し、「生おかき」のような風情をかもし出しているのです。
 「生おかき」。濡れおかきとも言いますが、それがまま感じに近いでしょう。細かなひびが入った、まあ、焦げ目といえば良いのか。その絶妙の厚みと硬度の皮膚の下に、柔らかすぎない大きなタコが包まれているのです。冷めた中華点心。

 これを発見したのは6歳の娘です。
 発見したとき、確かに娘の瞳は一瞬輝きました。それ以来、娘は眠る時の重要なパートナーであった「ぬいぐるみ」に別れを告げ、私の左腕に鞍替えしたのです。
 父親としては悪い気はしません。それよりうれしく思う気分の方が強い。愛娘が必ず添い寝してくれるのですから。
 彼女は私の肘のタコに「うめちゃん」という愛称を付け、私の帰宅を毎日待っています。
 「うめちゃん」は、たぶん「梅干し」のイメージなんでしょう。私が夜具に入ると、左脇に滑り込んできます。いま、かなり寒いのですが、パジャマを肩口までまくりあげられ揉まれ続けます。しばらくするとさすがにヒリヒリ痛んできます。寝返りも打てません。ヒジを曲げると引き伸ばされます。どうも寝づらいので、右腕の「小さいうめちゃん」で辛抱してもらう訳にいかないか訊ねます。機嫌の良い時は許してもらえますが、ダメを通告されることもしばしば。これが結構辛い。
 こういうことになってくると、いままで全く意識していなかった両腕のタコの存在に、こちらも気が行くようになってきました。時々自分でも触ってみますと、あきらかに体調や仕事の頻度により、その大きさ、堅さ、張りの感触が変化しています。また、冬場は長袖を着用するせいか若干小さくなってしまうようです。一番の触り時は、アロハの夏場ですね。大きく張りがあって最高です。もっとも娘はそこまでは意識していないようですが。
 そこで思うのは「フェチ」という言葉です。魅力的な感触をもつ生物の一部に触れると、病み付きになる。その次には舐めてみたくなる。その次には・・・

 ここで父親として喜んでばかりいるわけにはゆきません。娘は、「うめちゃん」と一緒に眠りたがっているのであり「お父さん」とじゃないんです。しかし、じゃあタコだけ切り取って握るのでよいと言うわけでもないでしょう。要点はそのタコさえあれば、どんな男(女)でも良いという可能性ですね。
 このことは、私が初めて「フェチ」という言葉に興味を持ったいきさつとなりました。

 自分で触ってみましても、この「うめちゃん」なかなか心地よいんです。最近など、「なんかここんとこ左に張りが無いな」とか、「右がますます小さくなってきている」とかが気になりだしました。
 この調子では早晩、消滅してしまうのかも知れません。
 「うめちゃん」左肘3分500円。右肘同100円で、商売にならないものかとも考えている今日この頃です。


気づいたらどうする

 あたしのばあいは放置ですが、痛みがある場合や場所がみっともない場合などは、皮膚科専門医を受診して、病気の状態に合った適切な治療(感染を合併している場合、抗生剤投与が必要になる)と、病気についてのアドバイスを受けます。だいたいは削ってしまうようですね。足の解剖学的異常あるいは異常歩行に対する治療や矯正が必要になる場合もあります。