わたしのアイドル・野球編

元阪神の最強助っ人、ランディ・バースがプロ野球殿堂入り候補者にノミネートされたのは1999年の11位を皮切りに、00年9位、01年8位、02年6位、そして03年3位(次点/当選:山本浩、堀内)、04年2位(次点/当選:仰木彬)と、次こそというところまで登り詰めた後、05年から急にリストから完全に消えてしまった。なんらかの作為があったとしか思えない。2002.12.17

史上最強の助っ人、ランディ・バース

 あたしがオッサンだからだと思うんだけど、冬の新聞紙面スポーツ欄は淋しい。サッカー、ラグビー、フットボール等の記事はあれど、やはりプロ野球の記事が恋しくなるんです。今オフは松井、ノリのメジャー挑戦の話題があるとはいえ、もはや食傷気味。細かいことはいいじゃないかという気になってくる。そういや今日は阪神とノリの交渉があったようだがまたぞろ結論を保留したようで。メッツ? 好きにすりゃいいや。

 そんなオッサンがオヤ!と気になる野球の話題が2つあった。ひとつは元中日のケン・モッカがアスレチックスの新監督に就任したこと。アスレチックスはマリナーズと開幕戦を東京ドームで行うチームだ。つうことは彼の監督初采配は日本でということになる。ま、これもご縁か。モッカというと昭和57年から60年までの4シーズンで、473試合、打率.304、82本塁打、268打点。テキトーな助っ人も多い中、キッチリと仕事の出来た選手のひとりだ。どうせ中継は観ないだろうけれど、結構愉しみ。

 助っ人といえばこの人、わたしの野球のアイドル、元阪神のランディ・バースの殿堂入りが有力になったという記事(17日夕刊フジ)。まあ、日本球界の殿堂が、値打ちのあるものかどうかはともかくとして、18年前、トラファンを狂喜乱舞させてくれたのは他でもない、バースのお陰である。6シーズン、614試合、2208打数743安打、打率337、202本塁打、486打点。85年の優勝の年は MVPと三冠王。翌年も三冠王。息子の重病で途中帰国したまま退団する羽目になったが、阪神フロントのセコイ了見がなければ、もっと活躍できただろうと思われる。その後のセシル・フィルダーにしてもしかりだったが。ともあれ、バースは堂々と史上最強の助っ人と呼べる選手である。

 考えてみりゃ、あたしもまだ20代中バだったんだが、あの思い掛けないタイガースの日本一のシーズン、誰よりもバースの活躍が最も印象深かった。それ以来、「ドラゴンクエスト」などのRPGの勇者はすべて「ばあす」。85年のデータをもとに発売されたファミコンソフト「ファミリースタジアム」は今でもあたしの宝物。打順が「ばあす」に回って来さえすれば、ぴゅ〜んという音とともに打球は場外へ。ヘタなあたしでも随分勝てて楽しかったゼ。居酒屋やサウナの下駄箱は「44番」ダー。

 殿堂入りはともかく、星野人気に水注すわけじゃないが、バースに阪神の監督、いちど務めてもらいたいとは切に願っているのでございます。