次点候補者が消えた。

選挙に際して「嫌な候補者及び推薦政党を落とす」という方針で永らくやってきたが、小選挙区・二大政党化の進行が投票の対象となる「次点」候補者の存在を消してしまった。つまらんなあ。2003年、秋の総選挙。


長年「無党派層」ゆえの矜持もあるが…

 総選挙が終わった。結果は皆さんご存知の通り。政治のことを書くのは気が進まないが、マスコミ各社もなんやかやと、ぼやきのような記事や社説を連ねているようだから、ここにあたしの「無責任」な感想をつぶやいておいても叱られないだろう。今回、投票所を出たところで、初めて(待望の?)出口調査なるもののご指名をいただいたけれど、答える気にならずパスしてしまった。小選挙区/比例代表制の選挙が始まって、ずいぶん経ったような気がするが、各選挙区からひとりしか当選できないとなると、生き残るために政党は合併して巨大化するのは当然だ。それは仕方ないにしても、自民党と民主党の二大政党に収束していくのだとすると、個人としての選択肢というものは、もはや、あってないようなものである。

 あたしは、選挙権を得たときから今までずっと、いわゆる特定の指示政党を持たない「無党派層」ということになるのだろう。そして、偏屈なものだから、投じる一票は、「この候補者及び推薦政党に託す」というスタンスではなく、「嫌な候補者及び推薦政党を落とす」、という目的のもとに投じてきたのである(当然、最高裁裁判官国民審査は毎回全部ペケ、である)。このスタンスで投票すると、まあ十中八九、あたしの支持者は「次点」になってきたのである。ところが今回のように二大政党制への流れを踏まえた上での小選挙区選挙となると、あなた、もはや事実上次点という存在感覚など無いのでありますよ。二者択一。マニュフェストかなんか知らないが、自民党と民主党の政策の差なんて、おのおのが言うほどはっきりしていないではないか。大掴みに捉えれば、選択する意味がないとすら言える。どちらかの組が勝つだけであり、敗けたほうのもうひとつ下の三位の候補者が感覚的「次点」なのである。その次点の候補者及び政党は、上位二大政党をほとんどの場合おびやかすことすらできない。投票率が下がるのも当然である。

 旧来の「組織力」を行使して、普段どおりの選挙戦を闘い抜けたのは「公明党」だけである。それも連立政権担当与党という立場で、自民党との棲み分けができたからであり、これも無党派層にとってはシラケた話である。しかし組織力の選挙と言うのは、個人の自由な意志のもとで投じられるものではない。これがどうも気に入らない。社民、共産、諸派は、小選挙区のあおりで弱体化の一途をたどり、現在の選挙区制度では、もはや立ち直れないのではないか。今後、自民と民主のどちらがいつ政権を担当してゆくのかはわからないけれど、政策による民意の盛り上がりと言うよりは、「失策」を出したほうの反対の政党が、政権を担当することになるような気がする。スキャンダルを出さなかったほうの政党が政権政党。となると、マスコミ報道が世論を作り、マスコミ主導の国政が危なっかしく展開してゆくということか。こりゃだめだ。だめだよ。