されどたかが野球(二)

プロ野球の交流戦がスタート。今後いろいろとシステムが改善されてゆくのだろうが、独走チームをシャッフルできる可能性があるので、7〜8月あたりに組み込んだほうが面白いのではないかなと思う。2005.5.9記


プロ野球のセパ交流戦が始まった。

 プロ野球のセパ交流戦が始まった。贔屓の阪神の対日ハム戦中継をサラリと観たのみだが、あまり新鮮さは感じない。解説者は、パの野武士野球ではノースリーのカウントから一球見ることなどはしない、なんぞと言っていたが、そうでもなかったぞ。初物投手でデータが無い、なんて言っても、やっぱりヘボは打たれるし、調子の良いエース級は打てんのである。今年の「改革」の目玉ではあるが、あいかわらず地上波中継はブツ切り放送のままだしねえ。肝心なところは戦力の均衡化と、地域に根差したファンサービスの徹底であることは言うまでもない。交流戦も今後毎シーズン改善を加えて目先を変えていかないと、早々に飽きられそうな気もする。まあ独走チームをグジャグジャにする可能性があるあたりは、面白いところなので、7〜8月あたりに組み込んだほうが面白いのではないかな。

 成績がペナントレースに加味されるというのが、真剣味を出すのだ、つうことだが、DHやプレーオフのありなしもあるのだから、厳密に公平とは言いがたい。前にも書いたように思うが、中途半端な交流試合を組むよりは、いっそ各リーグの最下位チームが、ウエーバー方式で次シーズン闘いたいチームを指名していって、来年の各リーグのチームラインナップを決めりゃいいと思う。金が無くて困っているところは、観客動員重視で阪神・読売・ソフトバンクと同リーグを目論めば良いし、とりあえず優勝しときたいチームは、自軍の組みしやすそうな相手で自リーグを固めりゃ良い。毎年、リーグの顔ぶれが変わって新鮮で面白いと思うがいかがか。

野球のルールは難しすぎるということに気づかないと。

 しかし、ファンを拡大したい割には、野球というスポーツのルールが難しすぎることについて、機構は疎かにしすぎているのではないか。気軽に三角ベースすらする場所もない昨今、子供たちが野球に親しめる機会はテレビ中継くらいのものである(ビデオゲームもあるが)。その中継に、ワケのワカらん専門用語が飛び交っている。アナや解説者の言葉はもはや符牒であり、「おっつける」「流す」「歩く」「選ぶ」「送る」「(走塁コーチが腕を)回す」「(ポールを)巻く」「(投球・打球が)キレる」「(肩が)できる」なんてのは、これから野球を知ろうというビギナーファンにとっては、大変難解であるに違いないのに、前後を省略して平気で使いまくっているではないか。そういうナメた部分が、他のスポーツに比べて多すぎるのである。

 と、ぼやいているあたしも、観ていて気になるギモンは多いにあるのである。
 恥を怖れず言ってしまえば、まず、打者が出塁したとき、ケツのポケットから手袋を取りだして、そのまま握っている場合が多いが、あれはナンデか? さっさと嵌めりゃいいじゃないか。持ってりゃ走りにくいだろうに。
 また、打者はバットにすべり止めのスプレーを吹きつける。手袋のニチャつきぶりから察するに相当の粘度のようだが、打撃の後、アンツーカにバットを放り投げて砂粒が付いてしまわないのか? 次に使うときに細かな砂粒がキレイに落ちるとは思えないのである。そうすりゃかえって滑ってしまうのではないのか?
 最近、捕手はワンバウンドしたボールを必ずと言って良いほど新球に交換してもらうが、ちょっと執拗すぎないか?
 選手も監督もストライク/ボールやアウト/セーフ、ホームラン/ファウルの判定には、血相を変えて審判に掴みかかるのに、ヒット/エラーの判定に関しては、おおむね冷静なのも解せない。結果が相反しないというものの、野球は記録で塗り固めているスポーツなのだから、もっと真剣に抗議すべきだと思うのだが…。
 まだまだあるのだが、こんなところにしとこうかな。

 やっぱり、野球は難解である。