貧乏な我が家では、エアコンの電気代をなるだけケチって生活している。そこに蚊に侵入されると非常に困るのだ。殺虫剤を使えば事は簡単なのだが、そうはいかない理由がある。貧乏人の心のよりどころに金魚やヤドカリや昆虫などの小動物を眺めてくらしているのだ。殺虫剤は御法度なのである。そんなわけで我が家の各部屋の天井には、昔懐かしの「ハエ取り紙」がぶら下がっている。

蚊の羽音が不気味で寝ていられない。退治してから寝ようと来襲に身構えた。

 雨が続いて蒸し暑い。我がボロ住まいは幸い風が通るので、電気代を惜しむあまりにエアコンを動かすのを極力後回しにしようと、窓を網戸にして、不快に耐え忍んでいる。まあ地獄夏の大阪のこと、忍耐も時間の問題である。しかし、最近のエアコン、数年前に比べて消費電力が5分の1ほどになっていると言うではないか。とはいってもウチのボロクーラーもまだ動くにゃ動く。買い替え、工事となれば、どうしても10万は下らないから、そう簡単に買い替えるわけにも行かない。東電の原発が手前の不祥事で動かせないせいで、節電を求めているらしいが、そんな貧乏庶民の良識に期待するより、国が、安くて消費電力の少ない新製品を各世帯に配りゃいいと思うぞ。家電会社も多少は儲かって景気回復にも貢献するだろうし。
 さて、そうして凌いでいると、網戸の隙間から、蚊が入ってくる。ウチは5階だが、風に乗って上がってくるのだろう。最近流行の三十何階建とかの高級高層マンションの上の方なら、蚊も上がって来ないのか? イヤ、たぶんあいつら、エレベーターに乗って上がって行くだろう。よく蚊とエレベーターに乗り合わせるもの。ガンバレよ、蚊。儲かってるところから吸えよ。
 仕事に集中していると、蚊などには構っちゃいられないから、ずっとディスプレイを見つめっ放しである。そのうちにどこか一ヶ所が痒くなり、ボリボリ掻きつつ仕事を続ける。と、次にまた別の場所が痒くなりだす。これが、足の小指の先とか、耳の端っこだったりすると、もはや仕事なんかやっていられない。がぜん憤慨し撃墜しようと部屋中を見回すこととなる。ところが、ここにも加齢による衰えが作用し、そうは簡単に墜とせない。まず、目が駄目だ。一瞬姿を捉えるが、航跡を追い続けることができない。その上、叩いたり掴んだりすることもままならなくなってきた。やった!と思っても、蚊は涼しい顔で飛んでゆく。こちらは汗が噴きだしイライラが募る一方だ。
 となると、退治は蚊とり器にたのむこととなる。あたしは「渦巻き」の線香が好きなのだが、これはどうも火の用心が気にかかる。それに目に滲みるのである。しかして電気製品のほうを使用しているが、効果をあげるためには部屋を締め切らねばならず、となるとエアコンを点けねば耐えきれない。そこを我慢して、蚊の弱るのを待つのである。蚊が弱ってふらふら飛びだすと、あたしでも何とか叩けるのだ。そんな按配だから、叩いた掌は自分の血がベットリ付く。存分に吸われたあとなのだから、何をしていることか解らない。

部屋に侵入して来た蚊どもは、果たしてその任務を完遂しているのか?

 蚊の種類は、だいたいがアカイエカであるが、ときどきヤブカ(ハマダラカ)も入ってくる。この黒に白のピンストライプのヤツは難儀である。なにせ動きが敏捷だ。叩こうとするとジグザグに飛びやがるし。防空射撃回避訓練を積んできておる。そのうえ刺す時間が非常に短い。こいつが入ってきたのを確認すると戦慄が走る。戦闘機でいうとP-51ムスタングのようなものか。コワモテである。そのうえステルス性能も装備してやがる。撃墜を確認してからでないと眠るわけにもゆかない。焚火野宿の夜明け夕方などには、必ずヤブカの大量空襲に見舞われるのだが、この場合は、硫黄島や沖縄上陸戦の米兵力と同様で、いちいち叩いていても焼け石に水なので、吸いたいだけ吸わせることにしている。このヤブ蚊は直後は猛烈に痒いが、翌日には刺されても痒みを感じなくなってくるのだ。それなのに家で刺されるときはいつまでも非常に痒い。これが不思議なのである。
 さて、こうしてマンマとあたしの血を吸った蚊どもであるが、血で腹をパンパンに膨らませた雌が、首尾よく水場に辿り着き、産卵に至る確率はいったいどのくらいあるのだろうか? 網戸の隙間から風とともに吸い込まれることはよくあると思うが、同じようにして出てゆくのはちょっと考えにくい。任務を遂行したあと、産卵という本懐を遂げるために、安全な水場へ脱出することに心を尽くしているのだろうか。家で産卵しようにも、風呂場や流しの水は絶えず流れてしまうし、金魚の水槽があるにはあるが、あんなところに着水しようものなら飢えた連中に一瞬で屠られてしまうのである。いままでに家の中の水場でボウフラの存在を確認したことはないし…。となると、全くのムダ足ムダ死に、ただの小嫌がらせではないか。これでは、帝国陸海軍の特別攻撃とおんなじである。ま、伝染病を媒介できる可能性があるぶん、蚊の方が有意義と言えないこともないが。