市民検診(健診)

うっとこの自治体では平成20年度より市民健診が、特定健診という制度に変更になった。制度は居住している自治体によってそれぞれ違うので、お住まいの管轄役所をググってください。

ひとまず腹囲85cm以下ならセーフ!

 先日愚息がやんちゃをしでかして、額を割った。連れていった病院の待合室で、貼ってあるポスターをなにげに見ていたら、市主催の「基本健康診査」のお知らせがある。それによると、今月いっぱいまで実施されているらしく、なおもよく見ると、あたし、今年の対象年齢で、なんと「タダ」なんである。いわゆる満年齢が5の倍数になる中年市民は、タダなんだそうだ(会社の社会保険に加入している人は対象外)。勤め人だったころは、診断結果を肴に、悪加減自慢をしながら一献、というのが愉しみだったくらいなのだが、辞めてからは、気になりつつも受けそびれていた。市民病院などの告知を見ても、「半日ドック」でン万円必要なのである。で、こりゃ朗報!と、その場で用紙を貰い、期間をやり過ごしてはタイヘンと翌日朝からそそくさと受診しに行った。

 なにせタダなのだから、身分照会もさぞかし厳しかろうと思い、健康保険証などを持参したのだが、そのあたりは全くエーカゲンなのであった。用紙に住所と名前、生年月日などを記入するだけである。印鑑も保険証も不要。そして、名前を呼ばれるままに、採尿、血圧、身長・体重、採血、胸部エックス線、心電図と巡回し、最後にペラペラの「記録表」というものを渡されて、40分で終わり。来週結果を聞きに来い、で、チョン。支払いがないので領収証もナシ。帳簿付けに四苦八苦している我が身にとっては、なんとも味気ないのであった。最初に用紙を貰ったとき勧められて、「それもついでにお願いします」と言ったはずのオプション検査、「C・B型肝炎ウイルス検査」(無料)と「血清ペプシノゲン法胃ガン検診」(300円)があったはずなのに、いきなり放免とは、ひょっとしたら検査するのを忘れられているのではと思い、止せばいいのにナースに「あの、オプションの自己負担金300円は…」と訊ねたら、「あら、いただくの忘れてた」だと。えらい損した。そのくらいエーカゲンなのである。この無料検査、役所でいちいち住民登録の照会をしているんだろうか?どうもその分の人件費すら省いているように思えてくる。ということは、用紙に記入するときに生年を1〜2年誤魔化して書いとけば、毎年無料の検査が受けられるかも…つうことである。ちょっと悪い考えが…。ともあれ、300円のレシートを貰って帰ってきた。

しかし総コレステロールでアウトに!

 ひと月が過ぎて、結果を聞きに行った。受付で「記録表」を提示すると、即、診察室へ。今回は検査の結果やレントゲン写真を見ながらの問診があった。毎度懸案となる「肝機能」は、ピッカピカであった。それもそのはず、金欠で全然呑んでないのである。これは喜ぶべき結果なのだが、少し寂しい思いがした。「肝炎」も「胃ガン」も陰性。しかし今回初めて「総コレステロール」と「不整脈」で引っ掛かった。「総コレ」は基準値を20mg/dlオーバーしている。医者の所見は「できるだけ肉食を減じて、野菜を良く摂ること」だけど、最近の金欠で、魚ばっかり食べているのである。肉っ気はかなりご無沙汰している感じなんで、困った。シロート考えでは運動不足による脂質の燃焼が足りないことのようにも思うのだが…。そんでもって新たに加わったのが腹囲の測定だ。基準は腹囲男性85cm以上・女性90cm以上が改善の必要があると判断されたメタボ該当者である。

 しかし考えてみると、最近のわが家の生活、父ちゃん(あたし)はヒマで、母ちゃんのほうがPTAやらバイトやらで多忙。ガキ共が家にいるときは五月蝿くて仕事にならんので、やつらが登校したり、眠った頃合いを見計らって、あたしが起きだし仕事するパターンが定着している。なもんで、最近のあたしの暮らしは「月の裏側」のようであり、「賄一食付き下宿人」のような趣であると言えないこともなくて、夜中に小腹が空いたりすると、近所の「吉野家」に出向き、「牛丼並盛+玉子」を、しばしば喰っている。ええ齡こいて情けないんだが。あれが「総コレ」アップの原因なのか…あの、ちびっとのお肉で。まさかねえ。

 今朝も「生ゴミ出し」に出た(しかしウチのマンション、皆さん旦那が塵芥出し担当のようで、収集日の早朝はビニール袋を両手に下げたオッサン同士の挨拶の場になる。ニッポンの親父、このままでいいんか!)ついでに、吉野家へ寄った。先般の医者の忠告が気になったので、今朝は「玉子」を付けるのを止しておいた。そんでもって野菜もとらにゃイケンと奮発して「けんちん汁」を付けたので、いつもよりちょいと痛い。くそ、と思いつつ店を出ると、道端に「3枚で一杯キャンペーン」の券が数枚捨てられているではないか。そそくさと拾い、思わずニンマリしてしまった。貧乏とは、確かにこころを狭くするかもしれないが、細やかなことにも幸福感を感じられるあたりは捨てたものじゃない。が、やはり情けない。