ゲームキューブの「マリオカート・ダブルダッシュ」に嵌まる。

 最近テレビの前に胡座をかいていることが増えた。昨年末に月賦で安物の液晶テレビを購入したので、番組がようやくマトモに見られるようになったのだが、実のところ、放送はあまり見ていない。しかしこの液晶というやつは、従来のテレビのような横に走る走査線がないぶんシャープに美しく見えるとはいえ、細部をコテで塗りつぶしたような、いわゆる粗いJPEG圧縮画像を見ているような感じなので、なんだか錯覚に騙されているような気にもなる。ま、ウチのが安物だからかもしれないが。

 ハイビジョンの画面に合わせたワイド画面つうのが現在の主流のようだが、あたしはどうもアレが気に入らない。折角の別嬪さんのアップなのに顔の左右が引っ張られて「片桐はいり顔」に見えてしまう。一般のかたがたは、あの平ガケが気にならないのであろうか。正方形が長方形に見えて憤りを感じないのか? なのであたしは、従来のタテヨコ比3:4じゃないとダメなのである。あと、あの詐欺のような画面のサイズ表示である。対角線でインチ数を出しているというのだが、あの30何型などは看板に偽りがありすぎるぞ。そんで小さい割に値段が高すぎる!こちとらが逆立ちしても買えんではないか。というわけで「四角い」のを買ったのだよ21インチ。というか、これで精一杯だったんだが。いかん、ぼやきがワイドテレビのほうに逸れてしまった。

 で、放送はあまり見ていない、の続きなのだが、じゃあなにを見ているのかというと、ええ齡こいて、またテレビゲームに嵌まってしまったのである。クリスマスだかお年玉だかは知らないが、ガキ共がソフトを買ったのだろう。テレビの横にあたらし気なのが置いてあったので、やってみたのが、ゲームキューブの「マリオカート・ダブルダッシュ」というやつ。いわゆる運転ものである。こちとら運転モノはファミコン時代からやっているので、まま慣れているのである。年季も入っているのである。「マッハライダー」とか(笑)で。その後の「マリオカート64」では、当時の愚息を実力でよせつけなかったもんだ、が、今回は違った。買われてからそう日時が経っていないというのに、ガキ共はすでに全てのイベントをクリヤーしていて、もはや飽き捨てられているのであった。小学生恐るべし。ま、おかげで、おっさんもいきなり全種のゲームとアイテムでプレイすることができるのだが。

鞠雄と類児を始めとした、花札屋キャラ総出演!

 メインのゲームはバラエティに跳んだ全16コースを8台の二人乗りのクルマで競争し、総合ポイントで優勝を争う。おなじみの鞠雄と類児の兄弟を始めとした、花札屋鞠雄兄弟キャラの総出演である。あたしも手前の技量程度はだいたい分かっているので、上級者向きの最高速重視の重量級カートは避けて、ハンドリングとグリップ・加速重視の軽量級カートで挑んだが、どうしても2位どまりで総合優勝できない。ガキに手本の教示を受けようと一緒に走ってみたが、あの「紙一重」のセンスの差とは、どーいうものか? あたしのほうがコーナリング等、理にかなった走りをしているのに、ゴール前の土壇場で爆弾をぶつけられたり、デカいクルマにはじき飛ばされたりして敗ける。んなもんでムカツイて熱くなり、肩凝り腰痛も押して走り込む羽目になってしまった。このレース、一回参戦すると一時間はかかる。毎週二回の金魚の水換えにより荒れきった指先の皮が、Aボタンの押し過ぎでついにアカギレてしまい痛い。歯を食いしばって散々走ったが、万年2位でついに優勝できずにいる。

 本来なら、優勝すれば新しい「ご褒美」が出るので、止めるわけにはいかないのだが、そのへんはすでにガキ共が出してしまっているので、あっさり諦めた。しかしケッタクソ悪いのである。ならば、昔取った篠塚、じゃなかったキネヅカの、「マリオカート64」で勝ち気分を味わってから、このゲーム地獄から撤退しようと、ニンテンドー64を繋がせたが、ゲームを始めてみて驚いた。なんだこりゃ。64 ビットでは画面が汚すぎて、もはやコースすら良く見えんのだ! この画像が最先端であった当時は、家庭用ゲーム機もここまできたかと感慨深かったものだが…え?こんなにチャチだったのか。で、道もクルマもどれがなんだかよくわからず、当然成績も散々。早々に終了してしまった。

 ゲーム機の性能とともにソフトの進化を痛感したわけだが、こういうのを一本作るのは相当大変なのである。あたしもCGとはまんざら縁がないわけでもないから大変さが分かるのだけれど、できるようになったから、という理由でここまで絵を作り込んでも、内容が以前より優れているのかというと、どうも怪しい。いたれりつくせりは感じるが、何故かすぐに飽きる。思えばファミコン時代の、「ナムコ・ファミリーサーキット」なんかは、ペッタリした平面スクロールのコースをひたすら外れないように、延々、それこそ瞬きもできないくらい集中し続けているだけのゲームだったが、走り終えて勝利したときの充実感などは今のとはくらべものにならないほど大きかった。「ドラゴンクエスト」にしてもしかり。パスワード紛失とデータ消失の悪夢を乗り越えてエンドに達したときは、本当にひと旅終えたという気になったもんだ。

 技術と感性のイタチゴッコなどといわれるが、これは仕方ないことで、技術も文化的にも確実に進化してきているとは言えるだろう。ただ、作り手もやり手も進歩分酬われているのかというと、どうも逆に損をしているのではないかと感じる。これは、おっさんのあたしばかりではないようで、ウチのガキ共も時折、あたしの古「ニューファミコン」を引っぱり出して、「マッピー」や「ボンバーマン」「グラディウス」なんかを喜んでやっている。花札屋もそれに気づいたようで、最近またぞろ昔のヒット・ファミコンソフトをGBで再販売するみたいだ(「超鞠雄兄弟」の3面、階段での亀蹴トばし百人鞠雄は今回も可能なのだろうか?)が、ともかく、まるまる焼き直しリバイバルじゃなく、このテの感性を持ったシンプルな「新作」開発という方向に行けないものなのかなあ。楽曲・ポップスの世界でもしかりだが。



ええ齡こいて

2004(平成16)年の話題。まったくこの手のブツは進化の速度が速くてついて行けないが、当時まだ「wii」は世に出ておらず任天堂の最新据置型ハードは「GAMECUBE」である。ちなみに液晶&プラズマ大画面テレビはまだまだ高嶺の花で、地デジの足音もかすかに聞こえる程度だった。