朝の4時くんだりから、五輪開会式の生中継を観た。

 ああ朝の4時くんだりから、生で中継見ちまっただよ。どうもスポーツの試合やイベントはマスコミの都合で編集されたダイジェストで見る気にならない。物見遊山としては、何かトンでもないハプニングが起きて欲しいわけだけれど、前後の流れを見ててこそ面白いからねえ。で、最初はラジオ中心で聴いていたけれど、ネタのオンパレードの開会式のセレモニーが音声だけで伝わるわけがない。何がどうなっているのかサッパリわからんので、早々に仕事を止めてテレビにしましたわ。

 しかし何ですな。いつも思うのだけれど、冬季五輪というのは、やはりまだまだ北半球の大国のためのイベントだす。それ以外の国と選手団の数が極端に違いますからな。参加80カ国とか言っても、選手10人以下の国がかなりあるものねえ。入場BG曲70'Sヒットメドレーは愉しかったが、ほんの一部の国の楽曲しかかかってないし。まああたしは、開会式では選手の入場や五輪精神うんぬんより、余興の出し物のほうに興味があるので、そちらを突ついてみたい。この余興、開催地ごとに工夫を凝らした演出をするが、さすがに過去に使われたネタをパクるわけにいかないので、回を重ねるごとにネタが尽きてくるようで。

鳥谷
▲これはトリ谷の(トラ入団決定時)

 開催国がイタリアということで、みんな酔っ払ってやっているのではないかと思いながら見ていたんだけれど、それはさておき、やはりお国柄かテキトーなところはテキトーな感じが見えて面白かった。市民500人がアニメのドットになって、ジャンプ競技を表現するという出し物があったが、スキー板は曲がってるし、腕なんかは遅れて動くし、らしいなあ、と思った。しかし考えてみると、あんなもの寸分狂わず決まった絵なんか、全然面白くないのであって、それでは8ビット時代のCGを見ているのと同じだ。しかしあれ、北朝鮮の人なんかが演じればCGみたいに仕上るのだろうか。そう思うと、なんか北朝鮮開催の全部人力の開会式セレモニーが俄然見たくなってきたぞ、と前言撤回。

プラカード嬢の衣装、イタリア担当の人だけスカートに「電飾」が付いていた。

 開会式定番の、お国の歴史を辿る出し物のコーナー、一昨年のアテネのときは、なかなか上手いなあと感心したが、ああいうパターンを見慣れてしまったので、詰らなく感じた。王宮の宴会のシーンなんか、「ドラクエ」のほうが本家に思えたりしたあたしは不謹慎か。毎回、山車を曳いて回るパターンが定着しているけれど、急造になるので大概チャチだ。

 しかし西洋人がやると、長身の男前と別嬪ばかりなので、まだキマる。ああいうのを日本人がやるてえとプロポーションに劣るくせに西洋かぶれした演出ばかりやるのでいつも顰蹙ものばかりだ。日本がこの次やるときには、祇園祭とか青森ねぶたとか大掛かりなのを現物まるごと持ってくればいいと思うんだが。選手団のユニホームもハナエとかイッセイとかケンゾーとかの中途半端なことはもうやめて、全員ドテラ着て入場するとか、馬鹿殿、花魁、火消し、裃、着流し、ぼて振り、虚無僧、幇間、駕籠掻き、取的、赤穂浪士、新撰組、歌舞伎役者てな、日光江戸村&江戸東京博物館完全監修の、「両国西広小路冬の雑踏」みたいな演出で入場すれば、外国人も喜ぶと思うぞ。打ち上げ花火も完全にハマるし。点いた聖火を火消しが消しちまったりしてね。ま、それが却下なら、プラカード持ちや演技を一切合切全部大量の「アシモ」にやらせるとかね。F1のスピンなんかよりよほど気が利いているぞ、ホンダはん。

 お国柄か、やたら自国を依怙贔屓した演出が目に付いた。謙譲の精神が染み付いている日本人の目で見ると、多少違和感を感じたが、イタ公は全然気にしていないようだ。国名プラカードを持った姉ちゃんの衣装、イタリア担当の人だけスカートに「電飾」が付いていたぞ。

 予想に反して、イベントがほぼ時間どおりに進行して終了したのは、驚いた。イタリアんヒトたちも呑まずに気張ったみたいですな。花火やフェラーリも派手だったが、通しで見ると今一つというところか。ま、最近の冬期五輪の開会式では、ジャンプ競技場でこじんまり開催した、リレハンメルのが幻想的で一番あたしの印象に残ってるけろね。



トリノ五輪開会式雑感

イタリアはさすがにデザイン、芸術の国だ。開会式のセレモニーはなかなか奇抜で楽しかった。でも、オリンピックのこの催しもそろそろ演出の限界が見えた気がした。2006.2.11記