交通博物館から鉄道博物館へ

東京神田・万世橋の交通博物館が閉館し埼玉・大宮の鉄道博物館に施設のバトンタッチをした。本コラムは交博の閉館2ヶ月前に名残を惜しんで訪れたときの記録である。2006.3.14記

2006年3月、閉館2ヶ月前の交通博物館を見学。

交通博物館
▲中央線の高架沿いに佇む交通博物館

 この5月に東京神田・万世橋の交通博物館が閉館するというので、3月8日、名残を惜しみに覗いてきた。前回訪れたのがいつだったかははっきり憶えていないが、大まかなところでかれこれ20年ぶりくらいか。いや、案外もっと最近立ち寄っているのかもしれない。記憶が朧になるのは、その佇まいや展示品にほとんど変化がないことと、あたしの「鉄分」がかなり希薄になってきたからだろう。たしか7、8年前に大阪・弁天町の交通科学館にガキを連れていったから、その時の記憶と混ざってしまっているのか。ともあれ、撮影した写真が見当たらないところをみても、前回の来訪時も既にわが鉄分濃度がかなり薄まってからのことに違いない。

模型展示
▲模型で見てもねえ…

 博物館はじっくり「味わう」ものだと思っているので、時間の制約を受けない日を選び、できる限りひとりで行くことにしているから、前回も前々回もそうしたに違いない。今回の来訪では、展示物との間に、熱心に観賞している過去の自分の幻影が浮かんできて苦笑してしまった。まあ、昔のあたしがじっくり見ているから、あいつに任せて今回はサラリと流しとこう、と。根を詰めて観賞するのが非常に疲れることだというのも、最近は身にしみてきたし。んなわけで、あと2か月で閉館してしまうというのに、かなりテキトーな見方をしてきてしまったが、トシトルというのは何事も徐々にアッサリしてくるという好例ですな。

D51&0系新幹線
▲D51も0系新幹線も魚で言えば「カマ」だけの展示

 まあ「鉄っちゃん」でもない人に四の五の説明しても仕方がないので、興味のある方は、閉館する「交通博物館」と来年新たにさいたま市に開館する「鉄道博物館」のサイトで詳細をご確認ください。現交通博物館は、首都圏の人なら学校の遠足や社会見学で一度は訪れたことがあるのではないかと思う。

重要なのは展示スペースよりも収蔵庫の充実だ。

 いかに大きな博物館といえど、実車はデカイから、そうそうの台数を展示するのは無理である。となると、どうしても大勢は模型での展示ということになるわけだが、模型を展示して意味があるのか?という気がしないでもない。ここは博物館にしては珍しく、写真撮影がフリーなのだけれど、数両の重要文化財指定物件以外は、車両模型や輪切りでの展示なのだから、写真を撮っても満たされるものは少ないのである。移転先のさいたまは敷地も広く、展示実車の数もいくぶんは増えるようだが、それでもまだまだほんの一部にすぎない。

 展示スペースが広大になっても、観覧者が一回に見られる時間は限られる訳だから、上物は小さなものでも良いのだ。重要なのは収蔵庫なのである。願わくば国会図書館のように地下に数階建ての大ヤード収蔵庫を設け、全国からできる限りの形式車両をギッチリ詰め込み、大切に保存して欲しいものだ。そして空母のようにエレベータで展示物の入換えをすればよい。まずは収益ありきの、この国の文化施設に望むべくもないが、そろそろそれくらいは真剣に検討すべき時期なのではないのか。貴重な文化財がスクラップになり続けてきた現状を見れば、今すぐでも遅すぎるくらいなのに。

旧万世橋駅ホーム
▲旧万世橋駅ホーム跡。駅名標のレプリカは余計か

 かつては、鉄道運転シミュレータなんてものは、こういう施設でしか触れることができない貴重なもので、客寄せの目玉となりえたが、いまや各ご家庭に、マスコン、ブレーキ付き専用コントローラがうち捨てられているようなご時世である。集客のためにその手の展示物が徐々に増やされてきたようだが、はっきり言ってつまらないし無駄だ。そのあたり、企画側でも気付いているようで、新施設では遊園地のお猿列車のお猿運転士になれるような方向で行くようだが、テーマパーク化はある程度仕方なしとしても、上記のような肝腎の「博物」の実物保存展示の方に、もちっと「大力」を入れてもらいたいもんである。その筋はセガやコナミやパチンコ資本に任せておいたほうがよっぽど愉しめて収益のあがる施設ができるんだし。

円形の階段ホール
▲円形の階段ホールとモダンな手摺

 しかし廃万世橋駅に併設、一部利用して昭和十一年に建てられた、このモダンな博物館の味わいは素晴らしい。今回はもっぱらその風情を名残り惜しむことにした。閉館記念企画ということで、旧万世橋駅遺構の公開もあったが、付け焼き刃の素っ気無いものだった。ただ、古びた煉瓦壁の風合いや黴臭い空気が、過去の隆盛や人の息吹を感じさせてくれたことは確かだ。跡地がどう再利用されるのかは気になるところだが、それには期待せずに、今の佇まいを記憶に焼き付けておくことにしようか。